昭和の名残り <撮影場所・撮影日>東京有楽町・2018年3月3日
(記事) ① 今回掲げます写真は、ブログ開設の趣旨とは関わりがありませんが、新型コロナウイルスへの感染者(COVID-19)数が、再び急増している東京への懸念からです。 (ご参考) 新型コロナウイルス感染症の名称は、WHOが「COVID-19」と、一方、ウイルスの名称は、国際ウイルス分類委員会が「SARS-CoV-2」と名付けているとのことです。 ② 東京で大学受験のための予備校通学とサラリーマン生活とで、通算20年弱生活しました。 サラリーマン時代は、新橋、虎ノ門、有楽町、銀座などでよく、思いっきり呑みました。もちろん安い居酒屋が中心ですが、楽しい思い出がたくさんあります。 ③ 「人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史」といわれるものの、晩年になってこのようなことに遭遇するとは、当時、この写真の撮影箇所辺りを千鳥足でうろついていた頃は想像もしていませんでした。 ★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史」等
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2020/07/20(月) 00:00:00 |
佐賀県外
品川お台場跡 <撮影場所・撮影日>東京都品川区・2018年3月3日
四朗ケ島お台場跡 <撮影場所・撮影日>長崎市・2018年12月11日
◎新型コロナウイルス対策に係る全国を対象とする緊急事態宣言に従いまして、行動自己規制を行い、写真撮影活動は休止しています。 このため、ブログ「佐賀風土記」では、過去に掲示した写真に記事を改訂した上で再掲しています。今回は、2019年5月6及び7日付けの再掲になります。 (記事) ① 1枚目の写真は、東京都品川区に在る佐嘉藩が設置したお台場跡です。 幕末、佐嘉藩は、ペリー来航で慌てた江戸幕府から受注したカノン砲200門のうち、50門を納めました。この中のものが品川お台場に据え付けられ、その跡(砲台等はレプリカ)が残っています。 なお、写真の奥には、「踊る大捜査線で有名なレインボーブリッジ」 が見えます。 ② この写真の最初の狙いは、レインボーブリッジを入れた夜景を撮りたかったですが、飛行機に乗って上京しましたので三脚の持参は諦め、夜景は断念しました。 一般に、それなりの三脚は20~30センチ未満の低い位置では構造上、使用できません。 10センチ未満の低い位置で撮りたい場合、粘土を代用しています。カメラに粘土が付着することを防止するため、可塑性の高い粘土をビニール袋などで覆い、これをカメラの土台にしてカメラを固定 させます。レリーズを使ってシャッターを切ります ③ 2枚目の写真は、佐嘉藩自領地であった長崎市に在る四朗ケ島お台場跡です。 四朗ケ島お台場は、写真中央の四朗ケ島と神ノ島間(神ノ島は、写真右手になりますが、写っていません。距離約220m。)を埋め立てて設置 されたものであり、長崎台場跡23箇所のうちの一つとされていま。 なお、撮影前、長崎市文化財課に照会した結果、四朗ケ島お台場は、国指定史跡に指定されており、また、私有地につき立入禁止との説明を受け、遠景での撮影となりました。 【広告・スポンサーリンク】 ★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。 「佐賀藩 品川お台場」、「幕末の要塞「品川第三台場」」、「長崎台場跡 魚見岳台場跡 四郎ヶ島台場跡」、「長崎台場跡 長崎湾に設置された砲台跡」、「佐嘉藩 長崎警備」等
2020/05/10(日) 00:00:00 |
佐賀県外
作品 「品川第三お台場跡」 <撮影場所・撮影日時>
東京都品川区・2018年3月3日13時半頃
<撮影データ>
FUJIFILM X100F
絞り優先AE・f8・SS 1/1900・ISO 200
作品 「四朗ケ島お台場跡」 <撮影場所・撮影日時>
長崎市・2018年2月11日11時頃
<撮影データ>
FUJIFILM X100F
絞り優先AE・f8・SS 1/1100・ISO 100
<記事> ① いよいよ明日から始まる私が所属している写真クラブ「睦互朗」の写真展について、私が過去に出品した作品の掲載 の最後になります。 今回は、「さが明治維新150年」というテーマの写真 になります。 ② 1枚目の写真は、東京都品川区に在るお台場跡です。 幕末、佐嘉藩は、ペリー来航で慌てた江戸幕府から発注を受けたカノン砲200門のうち、50門を納めました 。この中のものが当地に据え付けられ、その跡(砲台等はレプリカ)が残っています。 なお、写真の奥には、「踊る大捜査線で有名なレインボーブリッジ」が見えます。 ③ 2枚目の写真は、佐嘉藩自領地であった長崎市に在る四朗ケ島お台場跡です。 写真中央の四朗ケ島と神ノ島間(神ノ島は、写真右手になりますが、写っていません。距離約220m。)を埋め立てて設置されたものであり、長崎台場跡23箇所のうちの一つ とされていま。 なお、撮影前、長崎市文化財課に照会した結果、四朗ケ島お台場は、国指定史跡に指定されており、また、私有地につき立入禁止との説明を受け、遠景での撮影となりました。 【広告・スポンサーリンク】 ★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。 「佐嘉藩 カノン砲」、「品川お台場跡」、「四朗ケ島お台場跡」等
2020/02/04(火) 00:00:00 |
佐賀県外