佐賀風土記

ふるさと「佐賀」の魅力度アップに寄与する目的で、佐賀の自然、史跡、文化、芸能などを写真でご紹介します。1枚の写真から、佐賀ブレイク!

近代司法の父 江藤新平(佐賀市)

江藤新平

江藤新平卿之像
<撮影場所・撮影日時>佐賀市神野公園・2019年6月14日


金福寺

金福寺②

金福寺
<撮影場所・撮影日>金福寺(佐賀市富士町)・2019年7月25日

◎新型コロナウイルス対策に係る非常事態宣言等を受けて、写真撮影活動を休止していましたので、ブログに新しく掲載する写真の在庫が少なくなっています。
 このため、今回は、2019年7月18日及び同年8月6日付けで掲載しましたものについて、記事改訂の上、再掲しています。


(記事)
長文になりましたので、色つき文字の箇所のみの閲覧でも足ります。

① 前回(2020年6月29日)、島義勇を挙げましたが、島義勇は、江藤新平がリーダーとなった佐賀戦争(1874年。佐賀の乱、佐賀の役とも呼ばれる。)に加わっています。この関連で、今日は江藤新平をご紹介します。
   1枚目の写真が、佐賀市内の神野公園に建っている銅像になります。

② 近代司法の父と呼ばれている江藤新平は、三権分立、四民平等を唱え、また、民法の制定に尽力しており、明治政府初代の司法卿に就いています。

   江藤新平は、佐嘉藩出身者で唯一「維新の十傑」に挙げられるなど、その功績は非常に高く評価されています。
   しかしながら、征韓論を巡る権力闘争(政争)に敗れ、その後、佐賀に帰郷し、本意とは相違したことに流されるまま、佐賀戦争のリーダーとなり、その責任を負って刑に処せられてしまいました。
  
   なお、その15年後には賊名を解かれ、特に、最近では、様々な歴史研究の結果、佐賀戦争の経緯や江藤新平の功績を見直す動きが盛んになっています。

③ 江藤新平は、幕末に、佐嘉藩を脱藩し、京都で勤皇活動を行いました。その脱藩の罪で死罪のところ、藩主の計らいで永蟄居処分を受けています。

   その永蟄居処分の約5年間のうちの約2年間、2及び3枚目の写真の金福寺で生活していましたが、案内板によりますと、お寺の付近の子ども達に習字や漢文などを教えていたとのことです。

   江藤新平は、約5年後に処分が解かれ、早速、翌1868年には上京し、明治政府の要職に就いています。 この経緯からみると、そもそも脱藩し京都に向かったのは、内密の藩命ではなかったかとの推測もありますが、もちろん定かではありません。

   なお、江藤新平に係る書籍としては、司馬遼太郎の「歳月」という歴史小説が著名です。これは、文庫本でも分厚いものですが、一気に読破してしまい、また、最近、再読しました。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「江藤新平」、「佐賀戦争」、「司馬遼太郎 歳月」、「維新の十傑」、「神野公園」等



※コメント欄は、閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/30(火) 00:00:00|
  2. 佐賀市

北海道開拓の父 島義勇像(佐賀市)

島義勇

北海道開拓の父 島義勇 銅像
<撮影場所・撮影日>佐賀市城内・2019年5月3日

◎新型コロナウイルス対策に係る非常事態宣言等を受けて、写真撮影活動を休止していましたので、ブログに新しく掲載する写真の在庫が少なくなっています。
 このため、今回は、2019年7月18日付けで掲載しましたものについて、記事改訂の上、再掲しています。


(記事)
① 佐嘉藩出身で北海道開拓の父と呼ばれる島義勇(しま よしたけ)の銅像の写真になります。
   この銅像は、島義勇の生家近くに、明治維新と北海道との命名から150年を記念して建てられ、事業費はふるさと納税制度などを活用した寄付金で賄われたそうです。
   また、2018年11月に行われた除幕式典には、北海道知事、札幌市長が参加されたと報道があります。

② 島義勇は、明治2年、開拓使判官に任命され北海道開拓の任務を負いました。
   島義勇は、開拓する際、「他日五州第一の都」と漢詩に詠み、札幌がいずれ五大陸一の都になると意気込みました。 札幌はそのとおり、冬季オリンピックが開催するまでの大都市に発展しました。
   なお、初代の北海道開拓使長官は、最後の佐嘉藩主である鍋島直正公です。

③ 札幌市には、島義勇の銅像(碑)が、北海道神宮・札幌市役所・円山公園にあり、私も札幌に行った際、拝顔いたしました。
   北海道の方は、北海道神宮での札幌まつりなどで島義勇の偉業をご存知です。また、札幌市内から佐賀に観光においでになった方から、「札幌市内の小学校では、在学中の間に必ず1回、島義武の偉業に関する授業が行われる。」とお聞きしました。

   一方で,佐賀では島義勇が明治維新七賢人(又は、八賢人とすることもある。)の一人であることはご存知の方が多いですが、残念ながら、北海道開拓の父と呼ばれていることの浸透度がもう少しのようです。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「島義勇」、「北海道開拓の父」、「北海道神宮」、「佐賀 明治維新七(八)賢人」等



※コメント欄は、閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/29(月) 00:00:00|
  2. 佐賀市

漢字を日本に伝えた王仁の顕彰公園(神埼市)

王仁顕彰公園①


王仁顕彰公園②

王仁博士顕彰公園
<撮影場所・撮影日>神埼市王仁顕彰公園・2019年6月16日

◎新型コロナウイルス対策に係る非常事態宣言等を受けて、写真撮影活動を休止していましたので、ブログに新しく掲載する写真の在庫が少なくなっています。
 このため、今回は、1及び2枚目の写真は2019年6月19日付けで掲載しましたものについて、記事改訂の上、再掲しています。


(記事)
① 平成30年8月、吉野ヶ里歴史公園の北1㎞の所に在る「王仁(わに)天満宮」のすぐそばに「王仁博士顕彰公園」が開園されました。

   神埼市観光協会のホームページによりますと、王仁天満宮は、今から千数百年前、応神天皇に招かれて百済から多くの技術者をつれて渡来し、日本に初めて漢字の手本である「千字文(せんじもん)」と儒教の原典である「論語」を伝えた王仁博士を祀ったものではないかと紹介されています。

② また、2枚目の写真の「鍾繇(しょうよう)千字文のモニュメント(965文字の記念碑)」については、神埼市のホームページによりますと、「王仁博士が5世紀初めに伝えた千字文は、3世紀初め、中国・魏の時代に政治家・書道家であった鍾繇が作ったものと考えられています。 この碑は王仁博士の功績を広く知っていただくため、千字文の一文字ずつを日本と韓国の方々に揮毫していただきました。その文字を有田焼の磁器質の陶板に焼き付けて制作しています。」と紹介されています(全文引用)。

③ 次の3枚目の写真になりますが、実は、1枚目の写真の門は、この時点では、木材を乾燥させる期間が必要なため、塗装が施されていませんでした。

   昨年(2019年)12月中旬、韓国の技術者が来日して韓国伝統の朱紅色に塗り、王仁博士の出生地韓国霊岩(ヨンアン)郡の職員がこれを確認して塗装が完了したとのことです。


DSC_9789

<撮影場所・撮影日>神埼市王仁顕彰公園・2020年1月21日

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「王仁」、「王仁博士顕彰公園」、「鍾繇」、「千字文」等



※コメント欄は、閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/28(日) 00:00:00|
  2. 神埼市

佐賀にも赤門があるよ(鹿島市)

鹿島高校赤門

佐賀県立鹿島高等学校(赤門学舎)校門
<撮影場所・撮影日>佐賀県立鹿島高等学校(赤門学舎)校門・2019年6月18日

◎新型コロナウイルス対策に係る非常事態宣言等を受けて、写真撮影活動を休止していましたので、ブログに新しく掲載する写真の在庫が少なくなっています。
 このため、今回は、2019年8月21日付けで掲載しました写真について、記事改訂の上、再掲しています。


(記事)
① 前回(2020年6月26日)に続きまして鹿島市での光景です。

② 赤門といえば、東京大学本郷キャンパスに在る国指定重要文化財が一般的ですが、写真のとおり、佐賀にも赤門の学舎があります。

   それは、佐賀県立鹿島高等学校(赤門学舎。2018年に佐賀県立鹿島高等学校と佐賀県立鹿島実業高等学校とが統合され、(旧)鹿島高校は、(新)鹿島高校赤門学舎と呼ばれているようです。)正門です。

   鹿島高校の赤門そばに在る案内板によりますと、この校門として使われている赤門は、佐嘉藩鹿島支藩の鹿島城(正確には、「鹿島陣屋」。)本丸の正門であったものです。
   赤門に取り付けられている金色の紋は、同校校章ではなく、佐嘉藩鍋島家家紋の杏葉紋(ぎょうようもん。よく、抱茗荷紋(だきみょうがもん)と間違われているようですね。)です。

   なお、鹿島高校は、同じ赤門がある東京大学への合格・入学者を輩出している佐賀県内の名門校であり、甲子園ではベスト4(1960年第42回大会)に進出している文武両道の高等学校です。

③ この鹿島高校の校門に続く道には、素晴らしい桜並木があります。いつの日かこの桜並木を撮影したいと願っています。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「鹿島高校 赤門」、「鹿島陣屋」、「鍋島家 杏葉紋」等



※コメント欄は、閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/27(土) 00:00:00|
  2. 鹿島市

お田植え祭(祐徳稲荷神社)

お田植え祭


お田植え祭②

お田植え祭
<撮影場所・撮影日>鹿島市祐徳稲荷神社・2019年6月18日

◎新型コロナウイルス対策に係る非常事態宣言等を受けて、写真撮影活動を休止していましたので、ブログに新しく掲載する写真の在庫が少なくなっています。
 このため、今回は、2019年6月23日付けで掲載しました写真について、記事改訂の上、再掲しています。


(記事)
① 佐賀平野では、田植えがほぼ終わりました。
   この写真は、鹿島市に在ります祐徳稲荷神社のお田植え祭の様子になります。

② 祐徳稲荷神社、鹿島市観光協会のホームページ等によりますと、祐徳稲荷神社のお田植え祭は、創建以来330年以上続いていると紹介されています。

③ 当日は、まず、御本殿において祭典お田植の舞が奉納され、その後、御斎田において献穀(けんこく)用のお田植が行われます。

  お田植えは、囃子方の巫女さんのおうたに合わせて、菅笠にかすりを着た早乙女姿の巫女さんが行います。雅楽も奏でられ、日本人にとっての稲作の重要性を感じることができます。

  なお、今年のお田植えは、6月18日に予定されていましたが、悪天候のため21日に変更になったとのことです。

(参考)
 祐徳稲荷神社の全景は、2020年5月23日付け等で掲載しました次の写真などをご参照ください。

祐徳稲荷神社

<撮影場所・撮影日>鹿島市祐徳稲荷神社・2019年6月18日
 

撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で調査されてください。
「祐徳稲荷神社 お田植え祭」等



※コメント欄は、閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/26(金) 00:00:00|
  2. 鹿島市

徐福は筑後川昇開橋近くに上陸(佐賀市)



徐福像
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2020年6月22日




徐福 上陸地
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2020年6月22日


DSC_2753_00001


新北神社

<撮影場所・撮影日>佐賀市諸富町新北神社「ビャクシン」・2019年8月7日

(記事)
① 徐福の日本渡来伝説は、日本に十数か所とあるいわれています。
   このうち、以前もご紹介しましたとおり、佐賀にも伝説があります。

   徐福は、秦の始皇帝から命を受け、不老不死の薬草を求めるため、東シナ海から有明海に入り、前回(2020年6月24日)掲載しました筑後川昇開橋近くに上陸したといわれています。

② 1枚目の写真のとおり、徐福の上陸を記念して筑後川昇開橋近くに像が建てられています。写真の左手に筑後川昇開橋が見えます。
   なお、徐福像は、不老不死の薬草を求めた同市金立山(標高501m)の麓(金立公園)にも建てられています(2020年6月15日付け記事参照。)。

   2及び3枚目の写真が、徐福上陸の地とされる筑後川昇開橋近くに在る神社になります。

③ さらに同町に在る新北(にきた)神社の境内には、4枚目の写真の右手のとおり、徐福が種を植えたといわれる「ビャクシン」の古木があります(2019年8月19日付け記事参照。)。

   「ビャクシン」は、元来、暖かい地方の樹木で、国内に自生する例はほとんどなく、この古木は樹齢推定2,200年とされ、徐福の渡来時期と符号しているそうです。この「ビャクシン」は、龍が天に登るような姿に見えることから「飛龍木」と名付けられているとのことです。

   なお、新北神社の宮司さんのご説明では、4 枚目の写真にあります同神社の拝殿に向かって右側には徐福像が建てられており、これは中国の徐福ゆかりの関係方面から寄付されたとのことでした。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「徐福」、「筑後川昇開橋」、「新北神社」、「ビャクシン」等



※コメント欄は、2020年6月1日から閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/25(木) 00:00:00|
  2. 佐賀市

写真撮影活動を再開:最初は「えつ」(佐賀市)

DSC_2826

えつのぼり
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2020年6月23日


DSC_2862


DSC_2784

昇降式可動の様子
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2020年6月23日


昇開橋

ライトアップ 昇開橋
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2015年4月26日

(記事)
① 九州では、新型コロナウィルスの感染は一時に比べると、皆さんの我慢する努力で小康状態になりました。人々の経済活動も次第に従前のような落ち着きを取り戻し始めました。

   私の写真撮影活動は、仕事ではなく、単なる自分の趣味なので一気に自制を解除する必然性はありませんが、多少、柔軟化できるような環境になってきたと判断しました。そこで、マイカーで佐賀市諸富町に在る筑後川昇開橋に出かけました。

② 筑後川河口には、「えつ」という日本では有明海湾奥部にのみに生息する魚が生息しています。佐賀市のホームページに、えつ漁が解禁(毎年5月から7月までの間のみ。)されたことに併せ、筑後川に架かる国重要文化財「筑後川昇開橋」に長さ2~5メートルの3体のえつのぼりが掲げられていると紹介されていました。
  
   私の撮影活動再開の最初の被写体として「えつのぼり」を選びました(1枚目の写真)。

③ 筑後川に架かる国重要文化財「筑後川昇開橋」は、昭和10年に、筑後川を跨いで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結ぶ鉄道用可動式橋梁として建設されました(2枚目の写真の案内板。)。

   現在は、鉄道は廃止され、歩道橋として利用されていますが、当時は橋の下を大型の船が航行する際に橋の中央部が上方に可動されていました。
   今は、3枚目の写真のとおり、観光用として1日に10回程度デモンストレーションされており、写真では橋の中央部が上方に可動中であり、写真の奥が佐賀県側になります。

   ご参考までに「筑後川昇開橋」の全貌を掲載します。写真は橋の中央部が上方に可動しているところになります(4枚目の写真。2020年4月24日付けなどの再掲載。)。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「筑後川昇開橋」、「えつ(魚類)」等



※コメント欄は、2020年6月1日から閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/24(水) 00:00:00|
  2. 佐賀市

50年前のNIKKORレンズの底力:最終回(佐賀市)

DSC_2612


DSC_2673_00_00001

散歩途中の光景
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2020年6月20日

(記事)
① 今回で、散歩途上においてのニコンD810&日本光学(ニコン)NIKKOR-Q Auto 135mm f2.8で撮影しました写真の掲載は、これで一旦終わりにします。

② 佐賀市内を流れる多布施川沿いを、カメラのセットはマニュアルモードで絞り値を開放F2.8にしたまま散歩していました。
   突然、鷺が魚を狙っている場面に出くわしました。慌ててレンズを向けて、連写モードへの変換をリセットして、鷺が飛び立った瞬間にシャッターを切りました。それが1枚目の写真です。

   ウ~ン、絞り値が開放F2.8のままでしたので、ピントが甘くまた、シャッター速度が遅くブレが出ました。飛びものには不向きなMF(マニュアルフォーカス)レンズの宿命でしょうね。

③ 2枚目の写真は、1枚目の写真を撮影した後、カヌー遊びをしている人たちに出会いました。
   気温が高かったことも加わり、皆さん抑え気味(コロナ感染防止という、私の受け止め。)の歓声を上げながらカヌー遊びを楽しまれていました。

   何となくしばらく眺めていたら、カヌーを漕いでおられたリーダーと思われる方が、自然な素振りで川にだれかがポイ捨てした又は風に乗って飛んできたのではないかと思われる買い物袋(レジ袋)を拾って、あらかじめ用意されていた入れ物の中に回収されました。このことに感心して、カヌー遊びの様子にレンズを向けさせていただきました。

   この多布施川は、佐賀市民の憩いの川であるのみならず、佐賀市民が水道水として利用しているものです。多布施川でカヌー遊びを楽しむばかりではなく、環境美化活動にも心がけておられることに感心しました。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「佐賀 多布施川」等



※コメント欄は、2020年6月1日から閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/23(火) 00:00:00|
  2. 佐賀市

部分日食を撮影(佐賀市)

DSC_2731

部分日食①
<撮影場所・撮影日時>佐賀市・2020年6月21日17時22分


DSC_2720

部分日食②
<撮影場所・撮影日時>佐賀市・2020年6月21日17時07分

(記事)
① 昨日(2020年6月21日)、日本各地で部分日食が起こりました。

② 国立天文台のホームページを抜粋させていただきます。

6月21日の夕方、日本全国で部分日食が起こります。アフリカからアジアにかけて一部の地域では金環食が起こりますが、日本では部分食となります。

日食とは、月が太陽の前を横切るため、月によって太陽の一部(または全部)が隠される現象です。

・次に日本で日食が起こるのは2023年4月20日で、このときオセアニアなどの一部地域では皆既食が、日本では一部地域で部分食が起こります。また、その次に日本全国で部分食が起こるのは2030年6月1日です。このときは北海道の大部分で金環食となります。

③ 今回の部分日食を自宅庭で撮影しました。
   佐賀のお隣の福岡において食が最大になる時刻は、17時9分とされていました。しかし、自宅庭から見える太陽には、当該時刻前後は雲がかかってしまいました。

   1枚目の写真の撮影時刻は、食の最大時刻13分後の17時22分ですが、太陽の右上方に雲がかかっています。
   2枚目の写真の撮影時刻は、食の最大時刻2分前の17時7分です。

   いずれの写真共に、200㎜の望遠レンズで撮影しています。600mmの望遠レンズも所有していますところ、600㎜の望遠レンズには95mmのNDフィルターが必要ですが、残念ながら200㎜の望遠レンズに装着できる77㎜のNDフィルターしか持ち合わせていませんでした。撮影に関する自己採点は、かなり悪戦苦闘(MFでのピント合わせに苦労し、2枚目はピントが甘いです。)した努力を加算しまして、合格点ギリギリとさせてください。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「部分皆既日食」、「NDフィルター」等



※コメント欄は、2020年6月1日から閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/22(月) 00:00:00|
  2. 佐賀市

50年前のNIKKORレンズの底力④(佐賀市)

DSC_2688


DSC_2629

散歩途中の光景
<撮影場所・撮影日>佐賀市・2020年6月20日

(記事)
① まだ、遠くに出かけての撮影活動は控えています。
   いつも応援していただいている皆様には変わり映えのしない写真を掲載しているにもかかわらず、応援していただいていることに本当に感謝しております。

② 今回も散歩途上で、ニコンD810に日本光学(ニコン)NIKKOR-Q Auto 135mm f2.8を装着し、撮影しました写真の4回目の掲載になります。

   現在のナノクリレンズに比べれば、解像力ははるかに劣りますが、すっかり、このレンズの味わいに嵌っています。

③ 1枚目の写真ですが、納得の標識ですね。思わず、レンズ開放で撮影しました。ワンちゃんのお散歩には関係条例などの遵守に気をつけましょう。

   2枚目の写真は、ある医院の屋根です。梅雨の合間の晴天を背景に映える写真(絞りf8)になりました。

【広告・スポンサーリンク】


★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「NIKKOR-Q Auto 135mm f2.8」等



※コメント欄は、2020年6月1日から閉鎖させていただいています。お問い合わせ等につきましては、「メールフォーム欄」をご利用ください。
  1. 2020/06/21(日) 00:00:00|
  2. 佐賀市
次のページ

プロフィール

佐賀風土記

Author:佐賀風土記

●定年退職後からの写歴8年。ふるさと「佐賀」の自然、史跡、文化、芸能などを撮影。
●ブログに掲載しています写真の中の一部に拙いですが「作品」として位置付けているものには「作品」とのタイトル。
●佐賀県美術展(写真)、その他公募展等の入選、入賞実績がありますが、まだまだ未熟。

■ブログ「佐賀風土記」運営要領・プライバシーポリシー

「カテゴリ」欄の該当箇所をクリックすると閲覧できます。

■ブログ「佐賀風土記」運営要領(平成31年4月1日決定)■ブログ「佐賀風土記」プライバシーポリシー(令和元年6月2日決定)

◆九州風景写真ランキング参加:  応援バーナーのクリックはこちら↓

にほんブログ村 写真ブログ 九州風景写真へ

いつもあたたかい応援をいただき、感謝しています。これからも頑張ります。

♥お問い合わせ等ご連絡はこちらからお願いします。非公開といたします。

名前:
メール:
件名:
本文:

「名前」は、ブログ又はハンドル名で結構です。速やかにお返事するよう心がけますので、ご遠慮なくどうぞ。

カテゴリ

運営要領・プライバシーポリシー (1)
※「作品」 (37)
佐賀市 (254)
唐津市 (49)
鳥栖市 (7)
多久市 (15)
伊万里市 (3)
武雄市 (6)
鹿島市 (11)
小城市 (41)
嬉野市 (10)
神埼市 (27)
吉野ヶ里町 (8)
基山町 (9)
上峰町 (0)
みやき町 (4)
玄海町 (0)
有田町 (4)
大町町 (1)
江北町 (2)
白石町 (3)
太良町 (5)
佐賀県外 (5)
私からのお知らせ (14)
未分類 (3)

私のお奨めブログ(リンク)

このブログをリンクに追加する

★写真の公共機関への無償提供

★ブログ内の写真等の著作権は、放棄していません。なお、公共機関につきましては、佐賀に貢献する趣旨で無償提供いたしますので、ご連絡ください。