作品 「紅顔白骨之景」<撮影場所・撮影日時>
唐津市厳木町・2014年11月19日17時頃
<撮影データ>
Nikon D810・AF-S NIKKOR 70-200mm f/2.8G ED VRⅡ
絞り優先AE・f8・SS 1/30・ISO100・HUSKY三段 KIRK Model
(お知らせ)
約10回程度、私のお気に入りの作品を再掲してきましたが、今回で最終になります。
<この作品 私の心・技・体>
① 作品名の「紅顔白骨」とは、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて夕(ゆう)べには白骨(はっこつ)となるという意味です。一言でいえば、人はいつ死ぬか予測できない、次の瞬間に死ぬかもしれないなどこの世は無常という意に通じます。
この写真は、5年前、唐津市厳木(きゅうらぎ)町に在る環境芸術の森というところで撮影したものです。
同森に入園してすぐの場所に池がありますが、この光景は、紅葉の時期、池の傍に立ったところから見えます。私は、この光景をみたとき、直ぐに「紅顔白骨」の文言、つまり、赤いモミジの葉は血液、そして白いモチの木の枝・幹は白骨に疑似化し、作品化できると体の中に信号が走り、背景に暗部が出るよう夕刻まで待って撮影しました。
② 私がこれまで撮影した写真の中で、代表作を1枚挙げるとしたらこの作品になります(1枚という条件ではなく、5枚程度にしてほしいのですが・・・。)。私が撮影した写真の中で、最も感情移入したものになります。
③ 昨年末の喪中のご挨拶状の中に、上司、先輩、同級生の奥様から、ご本人が亡くなったというお知らせが見られました。また、年賀状では高齢化したことや大病を患ったことを理由に、今回を最後に欠礼するというものも見られました。
人の死は、いつやってくるか分かりません。私は、今年は60歳代最後の年になります。終活を考えておかしくはありません。
まだそんなの早いよというお話があるかもしれません。しかし、そうは言えないということを1年半ほど前に経験しました。
それはマイホームを新築してから25年経過し老朽化したこと、そして、風呂、洗面所、トイレなどのバリアフリー化とともに、長年、私のために食事を作ってくれているカミさんへのご褒美と思い、キッチンも含め、リフォーム工事をしました。
まだ、足腰は十分なのでちょっと早いかなと思いましたが、やってよかったです。その理由は、工事のための家具、食器等の移動も大変でしたが、食事、入浴、洗面、トイレ、洗濯が、それぞれ2~5日間使用不可能になりました。
そのとき、バリアフリー化のリフォームは、元気なうちにやるものであって、足腰が不自由になってからでは遅いということを思い知らされ、今やって良かったとつくづく思いました。
この経験から、終活も大病を罹ってしまってから、足腰が不自由になってからでは遅いと断言できます。元気なうちに行動するから、終「活」ではないでしょうか。
④ さて、写真の話に戻ります。写真の芸術性の一つに何度見ても見飽きない、いつまでも心に残る写真というものがあると思います。
他方、私が目指している撮影スタイルに風景(被写体)に感情移入するというものがありますが、このことについて、大きく再認識させられた背景があります。
鬼海弘雄さんという写真家がおられ、その代表的写真集に「PERSONA」(2004年第23回土門拳賞受賞写真集)があります。この写真集の内容は、無名の方の肖像写真のみからなります。写真、特に、ポートレイトが趣味の方であれば、ほとんどの方がご存じの写真集です。
私は、この写真集に出てくるそれぞれの方のお顔を見ると、この方はこれまでどのような人生を送ってこられたのか、そういう想像に思いが馳せられてしまいます。
ところが、この方の人生を勝手に想像しているうちに、いつの間にか自分の人生におけるこの方との共通点などについて振り返らざるを得なくなり、否応なく自分を見つめさせられることになってしまいます。
すごい写真集です。
⑤ 今年は、60歳代最後の1年になります。こらからは生涯の1枚が撮れるよう頑張っていきたいと思います。もちろん私は、写真家ではありませんので、どのような写真が撮れるかというプロセス・結果を楽しみながらやっていきます。★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「紅顔白骨」、「唐津市 環境芸術の森」、「鬼海弘雄」、「土門拳」等
- 2020/01/13(月) 00:00:00|
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