佐賀風土記

ふるさと「佐賀」の魅力度アップに寄与する目的で、佐賀の自然、史跡、文化、芸能などを写真でご紹介します。1枚の写真から、佐賀ブレイク!

不老不死の薬草を求めた徐福(佐賀市)

徐福

不老不死の薬草を求めた徐福
<撮影場所・撮影日>佐賀市金立町・2019年7月1日

◎新型コロナウイルス対策に係る非常事態宣言等を受けて、写真撮影活動を休止していましたので、ブログに新しく掲載する写真の在庫が少なくなっています。
 このため、今回は、2019年7月4日付けで掲載しました写真について、記事改訂の上、再掲しています。


(記事)
① 徐福の日本渡来伝説があるところは、日本に十数か所といわれています。
   このうち、佐賀にも伝説があります。徐福は、秦の始皇帝から命を受け、不老不死の薬草を求めるため、東シナ海から有明海に入り、現在の佐賀市諸富町に上陸し、この薬草があるという同市金立山(きんりゅうざん:標高501m)を目指しました。
   この不老不死の薬草とは、佐賀では、金立山に自生している「フロフキ」(現在も自生しています。)があてられています。

② この写真の徐福像は、上陸した地とされる諸富町とともに、この金立山の麓(金立公園)にも建てられています。また、この像は、中国の連雲港市から贈られたものと案内されています。

③ 写真の徐福像は、私が写真を始めてからもう幾度となく撮影しました。これまでは、次の写真のとおり、晴天の日が多く、青空をバックに威風堂々とした徐福像の写りでした。



P1020253

<撮影場所・撮影日>佐賀市金立町・2011年10月16日

   その時は、いつも、さすが徐福さん、約2200年前、危険を犯し東シナ海を渡り、日本に文明を伝えた自負に満ち満ちている姿だと思っていました。
   ところが、1枚目の写真のとおり、いつもとは違うもの悲しげな徐福像を見ました。 梅雨に濡れた湿度感のある木々の間から見える徐福像に足が止まり、息を凝らしてシャッターを切りました。

  さもありなん。不老不死の薬草なんかあるわけもない。始皇帝の前に二度と出ることはできない。しかし、ふるさとには帰りたい。望郷の念に覆われた徐福さんなのだとしみじみ感じました。

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★撮影場所等の情報について、具体的にお知りになりたい方は、メールフォームからお問い合わせいただくか、又は、お手数をおかけしますが、次の事項で検索してください。
「徐福」、「NPO法人 佐賀県徐福会」、「徐福長寿館」、「フロフキ」等



※コメント欄は、2020年6月1日から閉鎖させていただいています(2020年5月31日付け記事「私からのお知らせ(№11)③」参照。)。
  1. 2020/06/15(月) 00:00:00|
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●定年退職後からの写歴8年。ふるさと「佐賀」の自然、史跡、文化、芸能などを撮影。
●ブログに掲載しています写真の中の一部に拙いですが「作品」として位置付けているものには「作品」とのタイトル。
●佐賀県美術展(写真)、その他公募展等の入選、入賞実績がありますが、まだまだ未熟。

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